多くの企業にとって「顧客満足」抜きの経営は考えられない。
いかにして「顧客」の方向に従業員の意識を向けていけば良いのか。
1902年の創業時から「お客さま第一主義」を掲げる第一生命と、月間1,200万人のユーザーに支持されているクックパッドの事例を紹介する。
第一生命保険が「日本経営品質賞」をめざして本格的な取組みを開始したのは1998年のことだ。
同社は受賞に向けて、お客さま一人ひとりに合った最良の提案をして一生涯の安心を届けようというコンセプト「生涯設計」と、所属ごとにPDCAを回して業務改善を図り常に経営の質を高めることに挑戦しつづける「経営品質向上への取組み」の2つを柱とし社内に品質向上委員会事務局を設置した。
DSR品質推進部長の菅原功氏は、「単に賞をとることが目的ではなく、会社全体の品質を上げて、対お客さまの取組みを強化していく狙いがあった。受賞することができれば職員一人ひとりに真のお客さま志向の意識が根づき会社も変われるのでは、と考えた」と、活動を進めるなかで感じた思いを語る。
2001年に金融保険業界で初めて受賞してからは「自分の仕事がお客さまに役に立っていることが社外的にも認められた」と、職員の仕事へのやりがい感が高まった。「すでに受賞後10年経っているが、そのときの取組みが全社においてDNAとして定着してきた」と満足そうだ。受賞に向けたチャレンジは同社の創業時からのDNAである「お客さま第一主義」を具体的かつ客観的に社内外に示す絶好の機会でもあったといえよう。
受賞後、事務局では苦情の削減にも注力。組織を横断していく形で解決していく動きが本格化した。このころ「CS」との言葉を使うようになりCS推進専門委員会もできた。経営層や事務局で交わされる言葉は「ダントツのCSをめざそう」であった。
「Quality Journey(クオリティー・ジャーニー)、終わりなき経営品質向上の旅。それがしっかり回りだした」と菅原氏は言う。
“経営品質向上への旅”が第二段階に突入したのは「コーポレートブランド向上」を掲げ「CSR経営」の推進を全社に宣言した2005年。「経営品質」から「CSR」へと言葉は変わったものの本質や考え方は同じである。CSR経営としたのは「対お客さま」のイメージが強い「CS」から一歩進み、すべてのステークホルダーに向いていることを示そうとしたためだ。社長を委員長とする「CSR推進委員会」が中心になって推進し、さらに委員会のなかには「品質保証」「ES(従業員満足)・ダイバーシティ」「社会貢献・環境活動」「健康増進」の4つの推進専門委員会を設け、実効性あるものにした。
CSRは一般的には「社会貢献」のイメージが強いが、この4ジャンルに示されているように第一生命のCSRは幅広い。「私たちのCSRは経営品質の流れからきたもので一般に言うCSRという言葉の枠にとらわれない独自のものであり2011年4月からはDSR(=Dai-ichi’s Social Responsibility:第一生命の社会的責任)と表現した取組みが本格化している」
全職員には「DSRリーフレット」、小冊子「ビジョン&ルール」を配布するなど意識の徹底を図っている。とはいえ、まったく新しい取組みというわけではない。「第一生命グループに所属するすべての職員がお客さまの立場になって考え行動し振り返り、さらなる改善をめざすことで、これはわれわれのDNAとして脈々と受け継がれてきたこと。暗黙知的にやってきたものを形式知化していこうという取組み」である。
これまで同社が行ってきた「お客さま視点を取り入れた」具体的な活動の代表例は、エコーシステムによる業務プロセスの改善である。これはお客さまの声を集約・分析し経営や業務プロセスの改善につなげるシステムで分厚い約款を電子化したり過去の契約履歴がわかるように「生涯設計レポート」に反映させたりしてきた。
また、2005年に生命保険業界の保険金不払い問題が相次いで発覚したが、第一生命では再発防止策の1つとして各契約者の支払い状況を過去5年に遡ってデータ化。キーワード検索ができるようにして支払い漏れがないかすべてチェックし新たに請求してもらうよう通知した。
「今回の問題は、効率化という民間企業であれば当然に求められることを当たり前に追求するなかで、結果として一部のお客さまの期待に添えないケースが出てしまった、ということだと思う。お客さま目線で対応するという私たちの原点をあらためて知らしめてくれた」と菅原氏は真摯に話す。
こうした「お客さま目線」の対応が功を奏して、同社が社外に委託して実施しているCS調査における「お客さま満足度」は11年連続して向上し過去最高値を更新中である(「満足」「やや満足」の合計は調査を開始した99年度66.8%から2010年度には84.6%に上昇)。だが、菅原氏は「『満足』だけを見ると日本経営品質賞を受賞した2001年度はわずか11.3%であった。2010年度は22.2%に倍増しているがけっして十分な水準ではない。
CS向上の取組みを通じて『本当に第一生命に満足している』というお客さまをいかに増やしていくかが大事」と現状に甘んじていない。
第一生命ではこの数値を経営指標の1つとしている。「営業職員の仕事のやりがいはお客さまの役に立つこと。CSを追求するということは職員がめざすものと同じ。財務的な数値も大切だが日々の業務でお客さまに喜んでいただくことは会社の存在意義でもある」と、お客さま満足度の重要性を語る。2010年4月に相互会社から株式会社に組織変更を行い「新創業」となったことを機に、グループビジョンを「いちばん、人を考える会社になる」とした第一生命。「人」にはさまざまな要素が含まれるが「お客さまの満足・安心を得ることが保険業本来の使命と考えており、少なくとも私どもの部門では、お客さまを一番に考えている」と菅原氏は明言する。
第一生命の終わりなきCS向上の旅は続く。
「面倒くさい作業」になりがちな日々の料理を、「楽しみ」に変えられたら、との思いを込めて1998年に登場したクックパッドのレシピ検索サービス。いまや30代女性の3人に1人、月間1,200万人が利用する日本最大のレシピサイトに成長した。同社にとって顧客とは、サイトを訪れる一般消費者である「ユーザー」と、サイトにタイアップ広告を掲載したりする「クライアント企業」に大別される。
クックパッド本社には料理教室のスタジオと見まがうほどのキッチンがあり、社員の誰もが業務時間中、好きなときに好きなものをつくっていいという。
「『毎日の料理を楽しみにすることで、心からの笑顔を増やす』が経営理念。この理念に共感できるよう、業務中に料理する場を整えた。自分たちがつくっているサイトを使って実際に料理してみないとユーザーの使い勝手はわからないし、自分たちもユーザーとして料理を楽しみたい」と、最高技術責任者の橋本健太氏は説明する。同社にとって顧客満足とは「ユーザーの笑顔」なのである。
同社のサイトは、料理をつくった人がレシピを「載せる」機能と、何をつくろうかレシピを「探す」機能があり、それぞれを利用する人たちへの思いを橋本氏はこう語る。
「自分の料理がおいしいと思ったら、他人にもそのレシピを教えたくなる。『載せる』ことで広まって実際につくってみた人のレポートが掲載され、自分のレシピが役に立ったのだなと実感できる。そんな料理を楽しんでいる人たちを、全力でバックアップしていきたい。『探す』ユーザーに対しては、レシピを検索しやすいようにインターフェースを改良したり辞書機能を向上させたりして、毎日の料理を楽しくするための手助けをしていきたい」
ユーザーが笑顔になれるような仕掛けはどうつくればいいか。それにはユーザーの声を拾うのが近道で、その方法の1つがサイト内のすべてのページにある「ご意見ボックス」の書き込みだ。ユーザーは感じることがあったら、他ページに飛ぶのではなく、いま開いているページのこの欄にすぐに書き込める。書き込みはすべての社員が見られるほか、個人メールに直接届くようにも設定できる。「声」を見て1人が「この意見にはこうしないと」と発信すると、複数がスカイプを通じて意見交換し対応を決める。
「スタッフ一人ひとりのレベルで“こうすべきでは”と提案できる」(橋本氏)し、何よりスピードが速い。
もちろん、それですべては拾えないので、UX(user experience)室に所属するサポートメンバーが、ユーザーからの意見を「お褒めの言葉」「機能改善」など内容別に仕分け、担当者をつけて解決していくこともしている。
ユーザーからは新機能の追加を望む声が多い。すべてを受け入れることは不可能だが、なぜそうした機能が欲しいのかそこに潜む問題を見つけ、ほかの方法で実現できないかを検討する。
サイトの見直しも定期的に実施。2006年1月にリニューアルした際には、レシピを参考にして実際につくった料理を写真で投稿できる機能をつけ、「料理を通じたコミュニケーション」を活性化させた。とたんにユーザーが増加した。
食品メーカーを中心とした企業もクックパッドの大事な顧客である。企業はサイト内に広告を載せるほか、自社商品を利用したレシピの募集などで販促や認知率向上につなげる。ただマーケティング支援事業部長の間渕紀彦氏は、「単なる広告業にとどまってはいけない」と自戒する。広告に依存しているとその予算に左右されてしまうからだ。
「クライアント企業の満足はもちろん、ユーザーがそれを見て楽しみになるかどうかを大事にしている。そのため営業部隊と製作部隊を切り分けてページ・広告をつくりこんでいる。結果としてクライアントの満足とユーザーの満足が一致することをめざしている」と間渕氏は同社のスタンスを話す。クライアントには顧客満足調査などは実施せず「リピートいただくことが評価されている証拠」としている。
クックパッドの橋本健太氏クライアントの幅は広がっており、最近ではスーパーなどの売り場でレシピを提供。レシピが置いてあると購買に結びつきやすくなるのだ。間渕氏は「料理研究家のレシピではなく、ユーザーに基づいた情報だというのが求められる理由。いまや主権はユーザーで、そのユーザー1,200万人の献立の意思決定を私たちが支援している」と自社の強みを語る。
多くのユーザーは、携帯電話などを使い、たとえば店の特売コーナーで商品を検索しその日の献立を決める。「珍しい商品や見たことがない食材があれば、それを検索してみることもある。すると新しい料理法が発見でき、買い物も料理も楽しくなる」と間渕氏は話す。
1,200万人の“プラットフォーム”を、こうしてリアルな場所に広げていくのは、クライアントの売上増につながるだけではない。「1,200万人がこのように意思決定をしているという情報を店頭に返していくことは、料理のために買い物をするユーザーのハッピーにもつながる。そうしたサイクルを回していきたい」と広報室長の櫻井友希代氏はめざす方向を語る。
今後はさらなるユーザビリティを高めるために、スマートフォンなどデバイスの使われるシーンに沿ったサービス開発を進めつつ、すべての家庭のあらゆるシーンの料理が楽しみになるように世界展開を見据えたものづくりをしていく計画だ。これらの実現により「ユーザーの笑顔」はさらに増えていくのだろう。
「CS」や「CS経営」に関する対談や考察などを紹介します。
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