2020.07.01
(株)日本能率協会総合研究所 経営・人材戦略研究部 主任研究員
お茶の水女子大学大学院(修士)修了後、2002年4月に入社。
主に、企業のコンプライアンス・ガバナンス推進支援、エンゲージメント向上、ダイバーシティマネジメント等のテーマを得意とする。
昨今では企業の不祥事に関する調査・研究、コンプライアンスをテーマとした講演の他、日本経済新聞をはじめとした全国紙・インターネットニュースへの掲載、TV・ラジオ出演などの実績がある。経営倫理士。
企業にパワハラ防止を義務付けるパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が6月に施行されました(対象は大企業、中小企業は2022年4月から施行)。同法により、職場におけるパワハラ防止のため、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となります。みなさまの企業においても、既に様々な対策を講じていることと存じますが、今後ますます、周知・啓発および相談・対応体制の強化が求められることでしょう。
近年、弊社においても、通常の『コンプライアンス意識調査』とは別に、「ハラスメント」に特化したアンケートへのご相談が増えてきており、企業様のハラスメントへの関心の高さがうかがえます。法施行となったこの機会に、「パワハラの発生要因」と「実態調査の重要性」について、改めて振り返ってみるのはいかがでしょうか。
職場でパワハラが発生する要因の一つは、「パワハラに関する理解不足」です。「パワハラは誰でも起こしてしまう可能性がある問題である」ということ、そして「何がパワハラ行為に当たるのか」に対する理解の二種類があります。
パワハラと言うと、「職場で管理職が一般職に対して」が典型的な例として捉えられがちです。しかし、実際は先輩・後輩間や同僚間、正社員から非正規社員に対するパワハラ事例、さらに、部門を超えてパワハラが起こる事例も存在するのです。「企業で働くすべての人がパワハラの加害者になり得る」ということは、まだ十分に理解されていないのが現状と言えるでしょう。
管理職のパワハラ研修が頻繁に実施されているのに対し、一般社員に対する教育機会が極端に少ないという現実が、その裏づけと言えると思います。貴社においては、いかがでしょうか。
厚生労働省が定めている6つの類型がありますが、この類型を聞いて、即座にどのようなケースか思い浮かべることができるでしょうか。例えば、「1.身体的な攻撃」は、どのような行為か想像しやすく、判断しやすいのに対し、「2.精神的な攻撃」は、様々な事例があり、かつ、非常に判断が難しい類型です。「2.精神的な攻撃」の判断が難しい理由は、上司としては「指導したつもり」、一方部下は「パワハラを受けた」という、「認識の齟齬」が非常に生じやすい類型だからです。最近では自分の指導行為がパワハラで訴えられることを極度に恐れ、管理職やリーダーが適切な指導を行えない、という事例も散見されます。
今後、人事や法務・コンプライアンス担当部署が連携し、社内で起こった具体的な事例を基に、社員の認識を統一させていくことが重要だと考えられます。パワハラを受けた側が通報した際、「それはパワハラ」、「それは指導」と切り分ける社内の基準が、必要となってくるのです。
弊社の調査においても、多くの企業様でグレーゾーンに悩む社員が多いことが、明らかになっています。貴社においても、パワハラのグレーゾーン等について、今一度、整理してみることが有効であると思われます。
職場でパワハラが発生する二つ目の要因は、「組織風土」です。
弊社で実施した『コンプライアンス意識調査』の結果を総合的に分析すると、パワハラが発生しやすい職場の特徴が明らかになりました。「職位・性別・年齢などを超えて自由に意見が言えない風土」や、「悪い情報を上司に相談することができない風土」がある職場は、パワハラの発生頻度が高いケースが多いのです。そのような組織風土においては、例えコンプライアンス違反が起きていたとしても、誰も声を上げることができません。そのため、パワハラのみならず、「その他の大きなリスク」を生み出す土壌にも成り得るのです。
また、こうした組織風土では、パワハラを受けた・見聞きした社員がいたとしても、ヘルプライン等の相談窓口が、本来の役割を発揮することはできません。ヘルプライン等に通報・相談したことが調査によって発覚すると、「行為者に報復される」もしくは「次の標的は自分」という恐怖を感じるため、ヘルプライン等の相談窓口に声を上げることができないのです。
風通しの悪い「組織風土」はパワハラを発生させるだけではなく、パワハラを助長させ、リスクを生み出す原因にも繋がるのです。
法施行に合わせて相談窓口などの「仕組み」だけを整備しても、決してパワハラを減らすことはできません。そこで、肝となってくるのが、管理職のマネジメントです。
管理職がコンプライアンスを重視した姿勢を見せているか。かつて自分が受けた教育が「正」だと思い込んでいないか。「傾聴」の姿勢を意識してマネジメントをしているか。「指導」するときに頭ごなしに「怒る」のではなく、「成長」などを考えたアドバイスをしているか。
私自身の経験でも、上司からかなり厳しい言葉で指導されたことがあります。しかし上司が「仕事に対するプライド」を伝えたい想いや、「私の成長を考えて指導してくれている」姿勢を感じ取ることができたため、決して「厳しい指導」を「パワハラ」と受け取ることはありませんでした。
パワハラの法制化に合わせ、貴社の組織風土やマネジメントの実態について振り返ることも、パワハラに対し、非常に有効な施策と成り得ることと思います。
パワハラ対策が法制化されたということは、企業は自社内でパワハラが起きているかどうか、状況を把握する責任が生じます。状況を把握しないことには、具体的な対策の打ちようがないからです。
状況を把握する方法としては、実態調査(アンケート・ヒアリング)が有効と言えます。ヒアリングは担当部署の労力がかかる上に、本音を引き出しにくいため、多くの企業では実施が難しいかもしれません。一般的に多く用いられている方法としては、「アンケート」の実施が考えられます。アンケートは匿名で行われることが前提です。よって、前述したような「企業風土」に問題があり、ヘルプライン等に届かない「声なき声」も、拾い上げることが可能となります。
アンケートでは、「ハラスメントの有無」だけではなく、「ハラスメントの行為者」や「ハラスメントの類型」等、ハラスメントの深掘りに加えて、パワハラが発生する要因の一つ、「組織風土」についても質問することが一般的です。パワハラの個別の事例をモグラ叩きのように潰していったとしても、「組織風土」に問題がある場合、根本的な解決にはなりません。職場の状況を定点観測でモニタリングし、最終的には組織風土を変えていくことが、パワハラの最も有効、かつ、理想的な未然防止策と言えます。
風通しの良い「組織風土」に変えていくということは、パワハラの防止のみならず、コンプライアンスのリスクを低減させ、社員のやりがいをも向上させる重要なポイントです。パワハラの問題には、これまでに述べた「理解不足」や「組織風土」の他に、「各人の意識や価値観(自分が育成された方法がベストという誤認識等)」、「上司と部下の信頼関係」、「適材適所」など様々な要素が絡んでいます。
パワハラ対策の法制化は、「正直言って面倒」と思われる方もいるかもしれません。しかし、組織風土や価値観を良い方向に変え、企業のコンプライアンス・リスクを低減させることのできる、絶好のチャンスと捉えることができるのです。貴社においても、パワハラ対策の一環として、自社の組織風土の現状を把握してみるのはいかがでしょうか。
(文責:組織・人材戦略研究部 前島)
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