2020.12.08
(株)日本能率協会総合研究所 経営・人材戦略研究部 主任研究員
お茶の水女子大学大学院(修士)修了後、2002年4月に入社。
主に、企業のコンプライアンス・ガバナンス推進支援、エンゲージメント向上、ダイバーシティマネジメント等のテーマを得意とする。
昨今では企業の不祥事に関する調査・研究、コンプライアンスをテーマとした講演の他、日本経済新聞をはじめとした全国紙・インターネットニュースへの掲載、TV・ラジオ出演などの実績がある。経営倫理士。
企業にパワハラ防止を義務付ける「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」が 2020年6月に施行され、パワハラの防止措置が事業主の義務となった。中小企業への適用には猶予期間が設けられているが、2022年4月より義務化されることが決定されている1。
1 「中小企業」の定義は、労基法改正に関する「中小企業」の定義と同様。詳細は以下URLの1ページを参照。
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000656438.pdf
厚生労働省が 2016年度に実施した「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」(以下、厚労省調査)の中で、企業規模別に「パワーハラスメントの予防・解決の取組が、経営上の課題としてどの程度重要か」を確認している。それによると、企業規模が大きい程、パワハラに対する取組が経営上の重要課題であるという認識が強く、企業規模が小さい程、パワハラ対策を重視する割合が低下する傾向がみられる。今後、パワハラ防止法の適用に備えて、中小企業においてもパワハラに対する予防・解決における重要性を認識し、対策を講じるべき時代が到来したと言える。
【図表-1】パワーハラスメントの予防・解決の取組が、経営上の課題としてどの程度重要か
(企業規模別)
(出典)平成28年度厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」
厚労省調査によると、2016年度時点において「パワーハラスメントの予防に向けて実施している取組」で最も多い項目は、「相談窓口の設置」である。相談窓口の設置は、施策として導入しやすい上に従業員に対しても可視化しやすいため、企業のパワハラ対策として第1位に挙げられるのは当然の結果と言えるだろう。また、導入した企業において「効果を実感できた取組」の割合が最も多い取組は「管理職を対象としたパワハラについての講演・研修会の実施」であり、管理職に対する教育の重要性を改めて確認できる結果となっている。
しかし、本結果において筆者が注目している点は、取組を実施した企業は「効果を感じている」にも関わらず、全体として導入が進んでいない項目が見られることである。具体的には、「実施している取組」と「効果を実感できた取組」の乖離が大きい、「再発防止のための取組の実施(事案の分析、再発防止の検討など)」、「職場におけるコミュニケーション活性化に関する研修・講習等の実施」、「アンケート等による社内の実態把握の実施」である。特に、「アンケート等による社内の実態把握の実施」については、厚労省調査において従業員(対象10,000人)を対象とした調査結果において、「あると良いと思う施策」の第1位である2。今後、企業が積極的に導入を進めていくことが推奨される施策と考える。
2 平成28年度厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」 p.139
【図表-2】パワーハラスメントの予防に向けて実施している取組/効果を実感できた取組
※注1)「実施している取組」の対象:パワーハラスメントの予防・解決のための取組を実施している企業(n=2394)
※注2)「効果を実感できた取組」:それぞれの取組を実施している企業を母集団とした際に占める割合
(出典)平成28年度厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」
新型コロナ感染症の影響で、現在各企業で急速に在宅ワーク・リモートワークの導入が進んでいる。東京商工会議所の「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」(2020)において、「テレワークを実施した際に生じた課題」として、「社内のコミュニケーション」(55.5%)は第1位の「ネットワーク環境の整備」(56.7%)とほぼ変わらない割合となっている3。在宅ワークにおけるコミュニケーションの在り方は、今後問題の把握・対策の検討が必要な課題と言えるであろう。
厚労省調査によると、過去3年間における「現職場でのパワーハラスメント経験者」と「パワーハラスメント未経験者」の比率の差の大きな項目として、「上司と部下のコミュニケーションが少ない」が、「残業が多い/休みが取り難い」に続いて上位に位置している4。この結果は、職場における上司と部下のコミュニケーション状況が、パワハラの発生に大きな影響を与えていることを意味している。現在急速に進んでいる在宅ワーク・リモートワークへの移行は、「上司と部下のコミュニケーションの在り方」を正しく見据えて推進しない場合、パワハラの新たな発生要因ともなり得ると考える。
前頁で「実施した企業は効果を感じているが、全体の実施率が低い取組」で挙げた「職場におけるコミュニケーション活性化に関する研修・講習などの実施」も、在宅ワーク・リモートワークに合わせた内容に変化させていく必要があるであろう。また、職場のコミュニケーションはもとより、職場でのハラスメントの状況が従来と比較して見えにくい環境となっている中、従業員からのニーズが高く、取組の効果が実感できる「アンケート等による社内状況の把握」という施策は、パワハラ防止に対し有効な手段と言える。
社員向け意識調査は、在宅ワーク・テレワークの推進によって経営層や管理職から見えにくくなった社員の状態を「見える化」する1つの手段である。また、調査の結果を企業内・職場内で共有することによって、コミュニケーションを活性化させる材料ともなり得る。
日本能率協会総合研究所は、このような社員向けの意識調査の受託事業に取り組んでいる。これまで蓄積してきた専門的なリサーチ技術を基に、ポスト・コロナ時代のガバナンスに関する諸課題の解決支援を通して企業の成長を支えるとともに、日本経済の発展に貢献することを目指している。
3 東京商工会議所「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」(2020.6) p.8
http://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1022367
4 平成 28 年度厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」 p.126
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