経営ジャーナリスト
平島 廉久
日本能率協会が経営の原点である、CS(顧客満足)の概念を取り入れた「CS経営」を提唱したのが1991年であった。
同年はバブル経済が崩壊し、企業は大きな壁にぶつかった年であり、CS経営に強い関心が高まり燎原の火のごとく広がった。
あれから時代は大きく変わり、従来の顧客満足を超える新たな対応が求められるようになっている。
以下、本テーマについて私見を述べることにする。
顧客満足を超える新たな対応とは何なのか。そのキーワードとなるのは、「顧客感動(Customer Delight)」をベースにした顧客との絆づくりである。
現在、市場には商品が満ちあふれ、価格や品質など単なる理性へのアピールでは、継続して商品を購入してもらうことが難しくなっている。
そこで求められるのが、顧客への心遣いや思いやりなどによる顧客の感情へのアピールである。つまり、心に訴えかけ顧客に感動を与えることによって、顧客との良好な関係づくりを行うのである。こうした努力の積み重ねを通じて顧客と心が触れ合い、絆が生まれる。そして、絆を太くすることによってリピーター、さらには生涯顧客になってもらえる。
最近では企業が1人の顧客から生涯にわたって得られる価値としての「顧客生涯価値(ライフタイムバリュー)」をいかに高めるかが大切なテーマとなっており、顧客感動の提供によって、実現することができるのだ(図表1)。
顧客感動の提供によるもう1つの利点は、口コミによる新規顧客の獲得である。顧客は感動的な体験をすると、その体験をほかの人に話したくなり、口コミの輪が広がっていく。こうして新たな顧客が増え、売上の増大に結びつく。このように顧客感動の提供によって、顧客生涯価値が高まり、さらに口コミで新規顧客の獲得にもつながり、その効果は大きいものがある。
ところで顧客感動をベースにした経営は、「顧客感動経営」とも称することができ、成功させるには次の仕組みづくりが必要となる。
顧客感動の推進で、まず大切なことは会社と顧客が相互の信頼関係を確立し、太い絆で結ばれることである。そのためには、顧客の喜びをわが喜びとし、全社員が「どうすれば顧客に喜んでもらえるか」を念頭に置き、全力で顧客に対応することである。この顧客の喜び、幸せを求める考え方や気持ちのこもった行動を続けることによって、顧客から評価され信頼へと結びつく。すると価格競争に巻き込まれることなく、独自の経営を展開することができるようになる(図表2)。
その好例として、徹底したサービスで成長している街の電気販売店をあげることができる。現在、家電販売業界は大型店の全盛時代で、小規模な販売店は苦戦をしいられている。価格競争では勝負にならない。ところが、こうした状況下でも独自の経営で善戦している販売店が存在する。地元に密着し顧客から電話があるとすぐに訪問し、顧客の要望に即座に応える。また、定期的に巡回し、顧客に安心感を与える。こうした日々の努力が実り、顧客から信頼され価格競争に巻き込まれることなく営業を続けているのである。
顧客の固定化を図るために、顧客の囲い込みが行われているが、「顧客を囲い込む会社」ではなく、「顧客に囲い込まれる会社」であってほしい。顧客をつなぎとめるためにポイントカード制度や会員制度などが広く導入されているが、金品によってつなぎとめるのはどうしても限界がある。他社が好条件を出すと、顧客の流失は避けられない。やはり顧客に支持されるためには、顧客を魅了する商品やサービスなどを提供して自社の魅力づくりを行い、顧客に囲い込まれる会社になりたいものである。
顧客は顔が違うように、価値観やニーズがそれぞれ異なる。したがって、各顧客の好みを把握し的確に対応してこそ評価される。そのためには一人ひとりの顧客(個客)について販売履歴などをしっかりと記録・管理し、カユイ所に手の届く対応をすることが大切となる。これによって顧客は「私を大事に扱ってくれている」と実感し、嬉しくなるのである。たとえば、顧客管理の徹底したホテルでは、顧客の生年月日や結婚記念日などの属性のほかに、枕の硬さ、食事の好き嫌い、ビールの銘柄など多くの事項について記録している。そして、次回の宿泊時には、顧客の好みにあったものをあらかじめ準備しておく。こうした顧客ごとのキメ細かな対応が、「えっ、そこまでやってくれるの!」と驚き、感動してもらえるのだ。
「ES(Employee Satisfaction:社員満足)なくしてCSなし」の言葉にあるように、CS経営を推進するにあたり、ESの重要性はこれまでも言われてきた。社員が夢と希望に燃え、やる気をもって仕事に取り組んでこそ顧客に喜ばれるサービスが提供できるのであって、これからもさらなるESの向上が求められる。
最近では仕事に対する社員の情熱、やる気が重視され、「情的資源(エモーショナル・キャピタル)」と言われ、新たな経営資源として注目されている。
社員が情熱、やる気をもって仕事に取り組むことによって、仕事の結果は大きく違ってくるのだ。
社員のやる気に点火する方法には「社員が自己実現できる仕組みづくり」と、「社員の労働条件、環境の整備」があるが、本稿では前者について触れたい。
ここでは、トップと社員の絆、権限の委譲、賞賛によるやる気への点火の3項について述べる。
まず、第一に考えるべきは、トップと社員との絆づくりに腐心することだ。ESを高めるうえで、まず大切なことはトップと社員との間に信頼関係が築けていることである。そのためには社員を大切にする考え方と、社員が夢と希望をもって働くことができる仕組みづくりを行うことである。
「人こそ最大の資産である」とP・F・ドラッカーが述べているように、社員を単なる労働力と捉えるのではなく、大切な「人財」であると捉え社員をリードする。そして、「社員が頑張ってくれるからこそ会社がある」と考え、社員と接することによって、社員は意気に燃え、必ずや「この会社、社長のために頑張ろう」と全力で取り組んでくれるであろう。
社員を大切にすると言っても、けっして甘やかすことではない。幸せな会社生活、人生が送れるように、働く環境を整えることである。大切な資産をどう活かすかで業績は大きく違ってくる。トップの経営手腕が問われているのだ。
次に重要なのは、権限の委譲である。社員にとって会社での喜びは、仕事の達成感であろう。困難な仕事を成し遂げたときの喜びは格別のものがある。そして、喜びが多いほど充実した会社生活、人生となる。そこで社員が仕事の達成感を実感する仕組みづくりが必要となる。
その効果的な方法の1つは、日常の業務における権限の委譲だ。会社はサービスの徹底を図るために、マニュアルによる経営を行っているが、マニュアルだけによる仕事ではやらされ感が伴う。社員にとっては仕事というより作業となる。これでは働く喜びを実感することができない。
そこでマニュアルで縛るのではなく、社員の状況判断で意思決定できる一定の権限を与え、任せるのだ。これによって社員は「期待に応えたい」と自分なりに創意工夫して仕事を行うので成果が上がり、仕事を達成したときの喜びも大きくなる。また、一定の権限を委譲されるので自分で即座に意思決定でき、顧客サービスの向上にもつながる。
東京ディズニーランドのサービスの良さは周知のとおりであるが、マニュアルオンリーではない。そのときの状況判断で行動できる裁量を社員に与えており、このことがサービスの向上につながっている。
東日本大震災のときには、社員のマニュアルを超える状況判断によって、入園者を安全に避難、誘導したという。
第3は、賞賛によっていかにやる気に火をつけるかということだ。そもそも社員は「誉められたい」「認めてもらいたい」という欲求があり、その欲求が満たされると嬉しくなるとともに、次の仕事へのやる気がわいてくる。ところが昨今は不況で仕事の成果が上がらず、誉められることよりも叱られることのほうが多くなっている。これではやる気が起きない。むしろ萎縮してしまう。
こうした不景気のときだからこそ、営業成績だけでなく社員のさまざまな良いところを見つけ誉めるようにしたい。また、誉め方についても演出を凝らすことによって、社員の喜びが倍加し、やる気が一段と高まるであろう。
これまで述べたように顧客感動経営を推進するためには、顧客と社員との双方の絆づくりが大きな2つの柱となる(図表3)。
そして、もう1つ大切なのが、経営理念を構築し社員のベクトルを合わせることである。社員にとっては、会社は何のために存在するのか、どの方向に進もうとしているのかが明確になっていることによって、目的に向かって頑張ることができる。
特に現在のような混迷の時代には、企業の規模にかかわらず経営理念を明確にしなければならない。ところが、いくら素晴らしい経営理念をつくっても、社長室や応接間に飾っているだけでは何の価値もない。
そこで、次は全社員への浸透が必要となる。全社員による経営理念の共有である。具体的には定期的に理念研修を行ったり、朝礼などで全社員で唱和したりする方法によって浸透を図る。その際トップは「このような会社にしたい」と自身の思いを熱く語り、社員の理解を深め、社員が「誇り」と「一体感」をもって仕事に取り組むようにする。誇りと一体感の有無で、結果は大きく違ってくる。
外食や介護などの事業を展開するワタミは、「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」をスローガンに、全社員に対して定期的に理念研修を行い成果を上げている。研修には多額の費用がかかるが、理念研修があるからこそ現在のワタミがあるという。
経営理念の共有の次は、実践である。トップが先頭に立ち全社員が一丸となり、実践してこそ成果が上がる。このたびの東日本大震災の際には、各企業が経営理念に基づきそれぞれの対応をしたが、その素早い行動は目を見張るものがあった。「地域のために」「顧客のために」と立ち上がり、損得を抜きにして取り組む姿勢は経営の原点を見る思いがした。
以上、顧客満足を超える顧客感動経営について述べたが、その核となるのは人と人との「絆」である。
折りしも今回の東日本大震災後、人びとの間に絆の回帰が起きている。経営においても絆づくり、絆の強化が重要な課題となっているのである。
「CS」や「CS経営」に関する対談や考察などを紹介します。
「CS」の思想や歴史・未来を理解する手助けとして、我が国における“CSの先人”たちの知見をご活用ください。
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