「コンプライアンス」の定義とは
~「コンプライアンス」を“自分ごと”として捉える大切さ~

2023.07.19

前島 裕美

(株)日本能率協会総合研究所 経営・人材戦略研究部 主任研究員
お茶の水女子大学大学院(修士)修了後、2002年4月に入社。
主に、企業のコンプライアンス・ガバナンス推進支援、エンゲージメント向上、ダイバーシティマネジメント等のテーマを得意とする。
昨今では企業の不祥事に関する調査・研究、コンプライアンスをテーマとした講演の他、日本経済新聞をはじめとした全国紙・インターネットニュースへの掲載、TV・ラジオ出演などの実績がある。経営倫理士。

1.ラジオNIKKEIで「コンプライアンス」について話そうと思った理由

2023年6月にラジオNIKKEIの「Rani Music♪Talk Room」という番組でお話する機会を頂き、「コンプライアンスって何?」というテーマで対談を行った。本番組は、音楽配信を中心として、社会人がおさえておきたいビジネステーマを毎週ゲストが語る形態を取っている。ここでなぜ私が「コンプライアンス」という、若干「硬い」と敬遠されそうなテーマを扱ったかというと、ちょうどお話を頂いた時期に、クライアント企業の複数のコンプライアンス担当者から、同じような内容の相談を頂いていたからである。コンプライアンス担当者の悩みというのは、共通して「“コンプライアンス”が従業員にとって“自分ごと”になっていない。“自分の仕事”と認識してもらえないため、教育を繰り返し行っても、いつまでも“他人ごと”のまま意識が変わらない」という内容である。

2.「コンプライアンス」の定義とは

本稿をご覧頂いている方は、おそらく全員の方が「コンプライアンス」という言葉はご存じだと思われる。では、「コンプライアンス」の定義について明確に説明できるという方はいらっしゃるだろうか。実は、「コンプライアンス」について明確な定義はなく、企業によって「当社の“コンプライアンス”とは○○のことを指します」という決め事を各社のホームページなどで独自に謳っている状況である。10年ほど前までは「“コンプライアンス”=法令遵守」と捉えられることが多かったが、現在では、「“コンプライアンス”=法令遵守は“もとより”、社内規定、社会通念や道徳など社会倫理を遵守すること」等と定義されることが多い。よって、“法令さえ守っていれば、コンプライアンス意識が高い”という時代は既に終わりを告げているのである。身近な例を考えてみると、しばしばSNSで炎上する経営トップ層の失言などは、法令には違反していないものの、社会通念上では、決して許されるものではなく、コンプライアンス意識が低い言動、と世間からは判定されてしまうのである。

3.「コンプライアンス」とSNS

ラジオの収録時にもお話したが、実はSNSは企業のコンプライアンスにとって大変脅威である。上記のように、社内の人間しか知り得ないような経営トップ層の発言を従業員がSNSに投稿することにより、あっという間に企業に対する批判が殺到・炎上し、世間における企業価値が低下してしまう。(そもそも、社内の情報をSNSに投稿すること自体、コンプライアンス意識が高いとは言えない行為であるが、社内のどこに相談しても解決しない場合などは、内部告発的にやむを得ない行為である、と個人的には解釈している。)令和3年の総務省の調査によると、日本人の78.7%と約8割がSNSを利用しているという結果が出ており、もはや国民のほとんどが発信者であり、かつ、批評家ともなり得る状況である。[出典1] そのため、逆に言うと、私たち一人ひとりの行動が他者に見られている=SNSで発信される可能性があるとも言え、普通に企業で働く人々も、著名な有名人と同じような危機意識を持つ必要がある社会に変化してきているのである。

4.なぜコンプライアンスが自分ごとにならないのか

上記の通り、多くの人がSNSでのコンプライアンス違反事案に関心を持ち、ここぞとばかりにツイッター等でRT(リツイート)等をし、“自分の正義”を述べることに時間を費やすのに対し、企業のコンプライアンス担当者からは「従業員がコンプライアンス教育に対して積極的になってくれない」「コンプライアンスは面倒と言われる」「“自分の仕事”が忙しいのにと敬遠される」という声が聞かれる。まさに前述コメントの「自分の仕事」というキーワードがこの矛盾を解くカギとなるのであるが、多くの働く人にとって、「コンプライアンス」=「自分の仕事ではない」「自分は関係ない」という意識が根強く持たれている証拠である。要するに、「コンプライアンス」は所詮どこかの誰かが過ちを犯してしまう“他人ごと”であり、“自分がSNS炎上の当事者になり得る可能性もある”という意識が薄い人達が、少なからず見られる状況と言えるのである。

5.コンプライアンス意識が低い企業はどうなるか

コンプライアンスに関する事件が明るみに出た企業(経営層だけではなく、一般社員やバイトテロのように非正規従業員が起こす事案ももちろん含む)には、どのような影響があるか?まずは、社会的評価(ブランド力)の低下が起き、その後付随して、売上の減少、そしてそれをリカバリーする対策の検討・実施の必要が出てくる。いわゆる“火消し”をする労力のために生産計画や商品開発などが滞る場合もあり、そもそも失墜したブランドが再浮上する保証もない。(まれにではあるが、コンプライアンスに関する事件をきっかけに、企業体質を是正し、より信頼度を向上させる企業もある。)上記の対策に失敗すると、企業存続の危機となり、新入社員の採用ができなくなるのはもとより、働いている従業員の雇用までも危うくなる。実際、コンプライアンス違反による倒産件数は、帝国データバンクの調査結果によると、2022年の件数が2005年の集計開始以来、最多となっている。[出典2]

また、自分の知識・認識不足やうっかりミスでコンプライアンス違反の当事者になってしまった時、与えられるダメージは計り知れない。例えメディアが詳しく報道していなくても、インターネット上で企業名や個人名が特定されSNSで拡散された挙句、本人や家族が追いつめられて通常の生活が難しくなってしまうケースも増えている。近年起こりがちなコンプライアンス違反の例としては、出勤した帰りに飲酒して泥酔してしまい、機密情報の入ったPCや携帯電話、USB等をなくしてしまう、というケースが挙げられる。最終的には情報漏洩にまで至らなかったとしても、大変危険な行動である。本記事を読んでいる方はみなさん、思い当たる節が全くないと胸を張って言えるだろうか?

6.今後企業はどうしていくべきか

今後、企業が検討すべき対策は、やはり従業員に「コンプライアンス」を“自分ごと”として認識してもらうことに尽きる。まずは、従業員一人ひとりに「自分は、“コンプライアンス”に違反する行為(法令遵守のみならず、社会通念上問題となるような行動)を本当にしていないか」ということを振り返ってもらう機会を設け、さらに「自分自身の行動だけではなく、周囲に起きているコンプライアンスに反する行為を見て見ぬふりしていないか」という点まで思い至ってもらうことが重要である。例えば、近年法制化されたハラスメントについて、非常に感度が高い企業の中には、職場内でハラスメントに当たるような会話がなされた場合、当事者でなくても「今の発言はハラスメントに当たるのではないか?」と注意することができるような、職場の心理的安全性の担保にまで力を入れている。「コンプライアンス」とは、「企業」を守るために必要な意識・行動であると同時に、「自分」を守るため(働く場所を失わないため/社会の標的にならないため)に必要な意識・行動でもあるということを、従業員に実感してもらうことが重要である。

最近、弊社にて「コンプライアンス意識調査」を実施した企業において、敢えて社外からの注意喚起が必要という要請を受けて、講演する機会が少なくない。その際の事後アンケートで「職場で何かあった時は、声をあげても良いということを初めて知りました」という印象的なコメントを頂いたことがある。企業のコンプライアンス教育については、私自身も引き続き「従業員のコンプライアンス意識を高めていく余地がある」と感じているため、今後も継続したコンプライアンス意識に対する教育が企業において実施されていくことが望まれる。

[出典1]
特別企画:コンプライアンス違反企業の倒産動向調査(2022年度) 株式会社帝国データバンク
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p230410.pdf

[出典2]
令和3年通信利用動向調査の結果
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/220527_1.pdf

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