ビッグモーターの事例から学ぶ 不祥事の発生要因と防止策

2023.10.05

前島 裕美

(株)日本能率協会総合研究所 組織・人材戦略研究部 主任研究員
約20年にわたり、従業員満足度調査(エンゲージメントサーベイ)、コンプライアンス調査、ダイバーシティ調査など、主に組織風土をテーマとした意識調査の受託に従事。経営倫理士。

1.世間を騒がせたビッグモーターの不祥事

2023年9月にラジオNIKKEIの「Rani Music♪Talk Room」という番組にて、ビッグモーターで起きたコンプライアンス違反の事例を元に、「①なぜこのような不祥事が起きてしまったのか」、「②今後企業はどのようにコンプライアンス違反を防止する対策を行っていけば良いのか」という不祥事の発生経緯と防止策についてお話する機会を頂いた。連日ニュースでも取り上げられていたため、不祥事の内容をご存じの方も多いと思うが、主に問題とされている点は次の通りである。ビッグモーターから損保会社に対して保険金を請求する際に、本来は生じていない損傷を作出する、また、不必要な修理作業を必要であったかのように偽装する、という行為を組織ぐるみで行い、保険金額を水増し請求していた点が、今回の不祥事の主な問題点である(詳しくは、2023年6月23日付 特別調査委員会の『調査報告書』を参照のこと[出典1])。なぜ、従業員がこのような行為をするに至ったのか、まずは不祥事の発生経緯を紐解いていきたい。

2.忘れられた「経営理念」

上述の『調査報告書』には、ビッグモーターで不正を防止できなかった理由として、①不合理な目標値設定、②コーポレートガバナンスの機能不全とコンプライアンス意識の鈍麻、③経営陣に盲従し、忖度する歪な企業風土、④現場の声を拾い上げようとする意識の欠如、⑤人材の育成不足、の五点が挙げられている。いずれの理由に関しても、経営陣の姿勢が第一の問題であったのではないかと思い、ビッグモーターのホームページで社長のメッセージ等の会社情報を確認しようとした。その結果、驚くべき事実が明らかになった。

通常、弊社がコンプライアンス調査等の業務を民間企業から受託した際に、まず私は会社の経営理念等を調べ、「会社が何を目指して企業活動を行っているのか」=「会社の社会的使命、従業員がよりどころとする会社の方向性は何か」という点を把握することから調査を構築し、分析していく。しかし、9月時点で、ビッグモーターのホームページには経営理念等、会社の使命や方向性を示す記載は一切見られず、コンプライアンスを含むガバナンスの体制についても、同様に記載されていない状態であった(2023年9月時点)。

現在、多くの会社が上場・非上場に関わらず、経営理念・CSR指針・ガバナンス体制について、誰もが閲覧できるホームページにおいて内容を充実させ、社会的責任についてのスタンスを明示しており、会社規模が大きな企業ほど、より力を入れている傾向が強い。ビッグモーターの従業員数は約6000人で十分に大企業と言える規模であるが、ビッグモーターのホームページには一切上記のような記載は見られなかったのである。しかし、ビッグモーターに経営理念がないわけではない。不祥事が起きてしまった時にも「常にお客様のニーズに合ったクオリティの高い商品、サービス、情報を提供する」という経営理念は存在していたのである(『調査報告書』より抜粋)。では、なぜホームページ上で謳っていなかったのか。それは、会社(経営陣)が「経営理念」を軽視、もしくはそもそも意識していなかったからではないかと推察される。

3.急成長企業にありがちな「ステークホルダー不在」の経営

上述の通り、ビッグモーターの不祥事には、経営陣の姿勢が大きく影響していると考えられるが、そこには急成長企業(かつオーナー企業)が陥りがちな、ステークホルダー(クライアント、従業員、株主、消費者、地域社会などあらゆる利害関係者のことを指す)の方を見ず、経営陣の方を向いた“経営陣のための会社”になっていたという問題が潜んでいる。ビッグモーターの場合、会社法上の大会社に当たるため、社長は「自分で自分を律する仕組み(=内部統制体制)」を整備し、自分の正しさを判断してもらうための取締役会を開催する必要があったが、実際は行われていなかった。内部通報制度も整備・機能しておらず、従業員からの告発も「個人的な確執により誇張されたものにすぎない」という経営陣の先入観によって真偽が調査されることなく、結局マスコミによって不祥事が報道され炎上する結果となってしまったのである。また、上記2の章で述べた通り、経営陣は会社が向かう方向性(経営理念・ビジョン等)に沿った活動を体現する必要があり、経営理念を大切にしていたとすれば、ステークホルダーの一つであるお客様のニーズにあった企業活動を進めるべきであったにも関わらず、結果的には度重なる適正な手続きを無視した降格処分などにより、お客様ではなく経営陣に忖度する企業文化・組織風土が形成されてしまったのである。

4.「100人の壁」を意識できなかった会社経営

「100人の壁」とは、一般的に組織の認知限界を超えると言われている企業の規模である。100人程度までの規模であれば、経営陣が何とか従業員の様子を把握することができるが、100人を超えると経営陣と一般層の間にマネジャーを配置し、きちんとルールを決めた上で権限委譲しないと、組織が機能不全になる可能性が高い。まさに、今回のビッグモーターが上記の状態に陥っており、経営陣と一般層の間の信頼関係は完全に崩壊していた。健全な組織を維持していくためには、経営陣は現場のことを知らなければ(※知ろうとしなければ)ならないし、現場は経営陣に必要なことを言わなければ(※言える環境でなければ)ならない。ただし、今回の背景を確認していくと、経営陣は現場のことを知ろうとしておらず、現場も経営陣に都合の悪いことは言えない、勇気を出して言ったとしても上述の内部告発のように、内容をきちんと調査されることなく放置される状況となっていた。

今回の不祥事が起きた際、元社長の会見で大変印象的だったのは、「私は知らなかった」という言葉が頻繁に出てきたことである。会社の最高責任者である以上、「知らなかった」という言葉は私個人的には禁句と考えており、「知らなかった」こと自体が、経営責任を問われる事案と捉えている。また、情報が現場から上がって来ず、「知らなかった」事実を作ってしまったのも経営陣の問題である。従業員の倫理観を鈍麻させる降格人事など論外であり、本来人事制度は適切な形式・ステップが用意され、運用されなければならないのである。上記の降格人事に繋がる不合理な目標設定についても、従業員の営業努力によって容易に拡大できない部門に課せられており、経営陣が現場の状況をきちんと知っていれば、こうした運用にはならなかったはずなのである。

5.今回の不祥事からの「学び」と「今後必要な対策」

今回の不祥事における問題は、やはり経営陣に「会社は“社会の公器”である」という意識が欠如していたことであると考えられる。ビッグモーター程の規模の会社であれば上場・非上場に関わらず、会社の社会的な影響力が大きくなるため、社内的には「マネジメント」を機能させることが必要となり、対外的には「ステークホルダーコミュニケーション」が重要となる(分かりやすい例で言えば、街路樹を環境整備と銘打ち、勝手に伐採してしまう等の行為は、地域社会というステークホルダーを無視した行動と言える)。よって、『調査報告書』にもある通り、「社長の個人商店の延長であるかのような内部統制体制のままでは、早晩再び大きな問題に直面するのではないかとの懸念を拭い難い」という指摘はまさにその通りなのである。

では、これからビッグモーター、そしてその他の企業も含め、不祥事を今後起こさないために何をすれば良いのか。それは、経営陣が「この会社をどうするのか」というトップとしての“意志”を明確に持ち、従業員に明確に伝えることではないだろうか。その際に、「企業は社会の中で活かされている」という認識を持つことが非常に重要で、売上偏重主義に陥ってはならない。経営陣が会社の方向性を定めないままに、現場にコンプライアンス意識を向上させるよう何度言ったとしても、結局従業員は何を基準に行動すれば良いのか分からないため、コンプライアンス意識が改善するどころか、再び不祥事が起きてしまう結果となる。

今回、ビッグモーターでは新社長がビデオメッセージで「従業員に誇りを持つように」と指示していたが、それだけでは不十分であり、より従業員が混乱するのではないかと私は考える。新社長からは「今後、社会のために○○のような会社を目指すので、私たち(経営陣)は○○をする。そのために、従業員の方々も自信と誇りをもって、業務に当たってほしい」などの具体的なメッセージが必要だったのではないだろうか。もちろん、会社なので利益を確保することはサステナビリティの観点からも重要である。オックスフォード大学のコリン・メイヤー教授が「パーパス経営」を提唱し、「会社とは社会課題を商業的手段で解決する存在である」と定義しているように、企業は社会課題を解決するために存在しているのと同時に、十分な利益を確保してこそ存続できるのである[出典2]。経営理念の実現と利益の確保をどのように両立させていくのかを考え、どのように実行していくのか。そしてどう社内にブレイクダウンしていくのか。上記が、これからの経営陣に求められていることではないかと考える。私が所属している日本経営倫理士協会(ACBEE JAPAN)の会員企業セッションにおいても、コンプライアンス担当部門の一番の課題は「経営トップへのインテグリティ教育」であるという意見を複数の会社からお聞きしている。  

一旦不祥事が起き、組織風土が崩壊した組織を立て直すことは、決して容易な道のりではないだろう。しかし、実際に不祥事をきっかけに、社内の仕組みや風土を愚直に変えていき、売上を伸ばし、よりステークホルダーにも愛されている企業も存在している。ビッグモーターについても、今後どのように変革していくのかを興味深く注視していくとともに、是非、不祥事をバネにした好事例として紹介できるような企業となっていただくことを願ってやまない。

[出典1]
『調査報告書』 特別調査委員会
https://www.bigmotor.co.jp/pdf/research-report.pdf

[出典2]
『組織と人を変えるコーポレートガバナンス』 p.91
赤松育子 同文館出版株式会社 2023年

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