【人的資本特集②】
エンゲージメントサーベイ等の従業員アンケート調査の必要性と有効性のあり方について
~人的資本経営の現状および社内施策展開の在り方~

2024.06.13

小阪 貴之

(株)日本能率協会総合研究所 経営・人材戦略研究部 主任研究員

東北大学大学院(修士)修了後、2013年4月に入社。
主に、コンプライアンス、ES、CSR、サプライチェーン監査をテーマとした企業のガバナンス領域に関する意識調査受託、プログラム開発に従事。また、サステナブル調達に関する戦略アドバイザリー支援、大手金融機関、セミナー会社よりESG時代に対応したSCガバナンス、外部委託先管理に関する講演活動なども行う。内部監査士(IIAJ認定)、上級個人情報保護士。

1.人的資本経営推進に向けた現状について

「人的資本経営」という言葉が2020年9月に経産省から「人材版伊藤レポート」を通して、世間に広く普及されてから数年が経過し、日本においても人材を資本として捉え、その価値を最大限引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営を推進することが一般化している。国際標準化機構(ISO)が2018年12月に発表したISO30414(人的資本の情報開示のガイドライン)から続く潮流は、現在の日本の企業経営において、ESG投資、SDGsと並んで取り組みの重要性が増している。
一例を挙げれば、従業員の育成に要する費用は、企業視点からは従来「コスト」という位置付けであったが、自社の従業員を「資本」として捉えるという視点においては、「コスト」ではなく、「投資」と考えることができ、積極的に“投資”を行うことが、“適切な経営判断”であり、投資家などのステークホルダーから評価される。その他にも【図表-1】における定義は人事部あるいはHR(ヒューマンリソース)に従事するビジネスマンであれば一度は目にしたことがある表かと思うが、本テーマの観点から今一度、以下の通りに掲示する。

【図表-1】人材版伊藤レポートにおける変革の方向性

(出典)持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~より

 さて、前述の経産省、伊藤レポートの変革の方向性の明示を受け、各企業においても「人的資本経営の推進」を目指し、各種取り組みを進めている。筆者が所属する(株)日本能率協会総合研究所に関していえば、平成の初頭から従業員意識調査(従業員満足度調査あるいはエンゲージメントサーベイと呼ばれる従業員向けのアンケート調査)の支援に従事してきたが、ここ数年、ご支援の引き合い時から「人的資本経営、エンゲージメントの推進を図りたい」という趣旨の相談を受けることが増えた。
これは、“ESG投資”という概念の登場において、従来よりもいわゆる“ガバナンス強化”に関する問い合わせの急増とあわせて、昨今の弊社ならびに筆者の調査支援における大きなトピックスとして肌感覚でも、社会的な要請の高まりを実感している次第である。
また、その肌感覚を裏付けるような記事として、以下の日経新聞の記事を挙げたい。当記事では、従業員エンゲージメントに関する先進的な取り組みの事例や社内アンケート調査の有効性や必要性について現場担当者の赤裸々な苦悩と実例が掲載されているのだが、同記事によると矢野経済研究所の調べとして、「クラウド経由の従業員エンゲージメント調査の市場規模は21年度に50億円だったが、24年には95億円、27年には140億円に成長する見通しだ。」と報道しており、従業員エンゲージメントをはじめとした“人的資本経営”に向けた各企業の本気度が窺える。
ただ、同記事では同時に、パーソル総合研究所のリポート(注:TOPIX500構成銘柄のうち23年度3月期決算の380社が対象)を引用する形で、「有価証券報告書でエンゲージメントについて、言及する企業は多いが、実績値を開示する企業は3分の1以下である」という言及をしている点が興味深い。すなわち、「言及ありが64.2%であり、言及なしが35.8%であるのに対して、実績値開示は27.9%にとどまり、72.1%は開示なし」という点を図表により示しており、筆者も大変参考となるものであった。
また、同様の現状を如実に表すデータとして、以下の経産省が令和4年5月に発表した「人的資本経営に関する調査 集計結果」の概要を引用したい。この調査は、日本企業の人的資本経営に関する現状を把握することを目的として実施しており、調査対象は、「東証一部、東証二部、東証マザーズ、JASDAQいずれかの市場へ上場している企業の経営陣向と従業員を対象としている。
当調査における全体像について、当調査レポートでは以下のようにまとめている。「人材戦略における「3つの視点」・「5つの共通要素」について、その重要性の理解は進んでいる。
一方、取り組みを具体化していく段階で足踏みをしている企業が多いことが窺われる結果となった。項目別に状況を見ると、「企業理念・存在意義・経営戦略の明確化」が進む一方で、「経営戦略と人材戦略の連動」の進捗は相対的に遅れている。経営陣は、「経営戦略は明確化されているものの、人材戦略への連動には至っていない」と考えていることが読み取れる。上記に加えて、「投資対効果の把握」、「動的な人材ポートフォリオ」、「投資家との対話」、「取締役会の役割の明確化」、「経営人材育成の監督」については進捗が遅れている。
 その中でも、経営陣は、「動的な人材ポートフォリオ」については、関連する取り組みの進捗が全て遅れていると認識している。また、従業員も「動的な人材ポートフォリオ」の進捗が最も遅れていると認識している。階層が下がるほど、社員が人的資本経営の取り組みが「進捗していない」と認識していることも分かった。経営陣から現場に、人的資本経営に関する方針を浸透させ、社員が進捗しているという実感が得られるまで、検討を加速させていく必要がある。」としている。ちなみに、上記の前提となる各視点と関係性について、当コラムでは以下に人材版伊藤レポート2.0の各定義 を【図表-2】と【図表-3】で補足記載する。

【図表-2】経営陣、取締役会、投資家の役割・アクション

【図表-3】人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素

2.人的資本経営推進に向けた従業員アンケート調査の実態について

さて、「人的資本経営の現状」というテーマの関係上、前置きが長くなったが人的資本経営の推進において、最も肝要な「従業員アンケート調査」(ここでは、エンゲージメントサーベイ/コンプライアンス意識調査などを広義に含んだ総称として用いる)の実態についてみていきたい。
民間企業様向けに従業員アンケート調査を支援している我々シンクタンク研究員には些か内省の感を持つ調査結果の一例として、「株式会社識学が実施した調査結果 」を紹介したい。当調査では、会社員が社員満足度調査にどのようなイメージを持っているのか、どのような不満を感じているのかなどを把握する観点でインターネット調査にてサンプル数300で実施したものである。




上記に株式会社識学が実施した調査結果 として、4題の調査結果を抜粋する形で引用掲載させていただいたが、みなさまの所感はいかがであろうか?(ここでは、社内で当該調査を企画、運営する事務局としての所感ではなく、あくまで、アンケート受験者としての視点での所感をイメージいただきたい)
前述に日経新聞の記事内でも担当者の苦悩の一例として、アンケート調査の有効性担保に関する苦悩が記されている旨の言及を行ったが、上記のアンケート結果と同様に有効性に関する事柄が記されていた。
一方で、同時にクラウド経由の従業員エンゲージメント調査の市場規模は、21年比で27年には約3倍弱の140億円規模に成長する見込みであるという点にも言及したが、こちらの調査結果においても社員満足度調査の”結果の反映”、”取り組みの遅れ”などの面においては、先に紹介した経産省の調査結果とも符合する点がみられる。(もちろん、当該調査はサンプリング調査結果のため、すべての日本企業に当てはまるものではない。)
政府の方針 により、2024年3月決算法人は、初めて有価証券報告書の作成と提出を通して、人的資本開示についての監査を受けられた企業様も多いのではないかと推察するが、その根幹を支える従業員アンケートの実態が社内完結型の内製化あるいは外部調査機関への委託の有無を問わず、妥当性と実効性を担保されたものであることが、真の意味での人的資本経営の推進、人的資本開示に向けて、必要不可欠であるといえる。
弊社では、従業員アンケートの企画設計段階から民間企業担当者様と並走しながら、自社の調査目的に合致した質問内容の提案(否定回答者あるいは肯定回答者に限定した深堀設問設計などの仮説検証支援等)や調査対象者の範囲、調査手法、アンケートにおける属性項目の設定、調査後の社内展開に向けた貴社独自の組織別フィードバック資料の設計から作成支援、当該調査結果を活用した読み解き研修までを幅広く支援している。
また、より踏み込んだコンサルティングや教育研修支援をご要望の場合は、JMAグループのJMAC、JMAMと呼ばれるグループ会社との連携により、ソリューションサポートを行っているが、ここ数年、従来以上にこれらの調査前、調査後に関する各社からのニーズの高まりを引き合いという形で実感している。特に、調査結果の活用、アナリティクス面での引き合いが増加している。

3.従業員アンケートの有効性担保と社内施策展開の要点について

人的資本経営に向けた社内施策展開時の有効性を担保する上での留意点として、筆者は以下の3点がポイントと考える。以下の3点は、我々が実際にクライアント企業の担当者さまより、調査の有効性、活用事例に関して相談を受けた際やアドバイザリー支援を行う際にも助言しているものとなる。

  1. 従業員アンケート調査の目的と実施後の活用を含めた調査企画と集計軸の設定と分析の実施
  2. 上記1のPDCAサイクルに合致した実施頻度と従業員への結果開示と組織ごとのフィードバック展開を通した明確な共有
  3. 社長名あるいは担当役員名による調査結果を受けた会社側の具体的な取り組み施策・方針明示

上記1に関しては、継続的な調査実施において、特に従業員規模と部署が多い大企業において時よりみられる傾向であるが、複数の異なる所管を有する部署の担当者が各部署の把握したい事柄を多様に盛り込んだ結果、当初の当該調査の目的や実施後の活用などの視点よりも“多様な内容を期限内に調査する”ことが、いつしか目的化されてしまい、「調査は手段であって目的ではない」という本来の原則から外れた有効性が低い調査が行われてしまう恐れがある。
このケースでは、一見すると多様な事柄の内容を網羅的に把握できたようなデータが揃うため、現場レベルで集計までの段階では問題ないケースが多い。しかし、経営層に報告する段階となると当然ながら、現状の分析と仮説に基づく検証が求められ、次回調査までの取り組みと目標値の設定が課せられるケースが多い。
このシーンにおいて、上記1の調査設問設計と属性項目(職位や年代、職種や所属などの回答者情報のメッシュと種類)が当初の目的と「調査後の活用」という視点で考慮されていないと担当者として経営層からの回答に窮することとなる。
もちろん、現状把握という観点においては、「●●が〇〇%なので、引き続き、取り組みが必要です。」という外形的な回答は可能であるが、経営層ひいては社外への開示という視点においては投資家などの社外ステークホルダーからの具体的な要請に耐えうる質問項目の設計とデータを基にした客観性と妥当性を有する分析と取り組みの明示が必須といえる。
次に、上記2についてもDX技術などの進歩によりクラウドを活用した社内アンケートを運営できる環境が整ってきているため、身近に感じる読者も増えてきていると推察する。ただ、この点において、留意が必要な点として、先の2章でも不満要因として挙がっていた「職場環境の改善に寄与する」という点と「実施頻度」、サーベイ結果の“有効なフィードバック”など視点が挙げられる。
上記1の目的と活用を見据えた全体企画とも連動するが、従業員アンケート調査の有効性は、調査頻度の多さや結果フィードバックのスピードが速ければ良いというモノでは必ずしもない。
上記2における有効性担保のポイントは、1回の調査である程度の改善点とその取り組みの方向性をデータから明示し、各現場担当者に、“データの丸投げ”ではなく、自組織、自職場において所属メンバー間で”納得感のある議論”と改善に向けた具体的な取り組みを行わせる点にある。
この点において、質問ごとの肯定割合や否定割合などの数字の羅列やファクトコメントなどを現場担当者にフィードバックすることは形式的に短期間で調査結果のフィードバックを行えているように見えても、自組織内での咀嚼やPDCAの具体的な取り組みに落とし込めていないケースが散見されるため、次年度も同様の結果となる場合が多い。
 上記3については、上記2が現場レベルのフィードバックの有効性を担保するためのポイントを明示したことに対して、全社的な従業員アンケート調査実施後の有効性担保に向けた取り組みを指している。上記1にて、従業員アンケートの目的や活用がある程度、明確に企画、設計されている調査の場合、自ずと事前に想定していた仮説に対する調査結果に妥当性がみられるケースが多い。
その理由の一つとして、事前に事務局担当者が、上席者の担当役員と今後の自社における施策運営を想定した設問設計を行っている場合が多い。
理想としては、事前の仮説を裏付ける調査結果を基に、事前に準備を進めていた自社課題を克服する施策展開、取り組みを社長名、あるいは担当役員名により、調査結果開示時に合わせて表明することで、回答に協力した従業員のエンゲージメント向上とロイヤリティ向上につながるため、有効な手法の一つといえる。
もちろん、これらの取り組みについては、弊社をはじめとする外部の調査専門機関を全体企画あるいは調査後の後工程に限定(弊社では従業員アンケートの部分的な支援に関しても支援サービスを展開している)して、活用することで、2章で挙げられた従業員アンケート調査における不満点の改善と他社の豊富な支援事例などを踏まえた質問項目の設計支援を事務局様と並走して行うことが可能となり、調査の有効性と調査後の活用度向上により、人的資本経営の促進に寄与できることが見込まれる。
本コラムを通し、人的資本経営/開示に関して、従業員アンケート調査の企画設計あるいはアンケート調査後の施策展開などで課題をお持ちの担当者様のヒントとなれば、これに勝る喜びは無い。

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