2024.07.04
一般社団法人日本能率協会において、役員研修及び経営者候補の選抜研修などに長年携わる。研修で培った多くの企業役員とのつながりを活かし、実効性評価等の調査業務に従事。2018年より現職。
人的資本については、2023年3月31日以降に終了する事業年度から、有価証券報告書において開示が義務化されるようになった。
人的資本開示は、企業が人材にどのように投資し、どのような価値を創出しようとしているのかを示すものであり、単なる情報提供にとどまらず、企業の戦略的方向性を示す重要な指標である。株主・投資家にとって、人的資本が充実しているかどうかは、投資に値する企業であるかを判断する重要な材料となる。
人的資本開示の7分野19項目のうち、特に、経営者及び経営者候補に関連する項目として、「リーダーシップ」と「サクセッション」が挙げられる。
リーダーシップに関する開示は、「誰に当該企業の将来を託すのか」という企業のガバナンスにとって極めて重大な意思決定に関わる部分である。人的資本として、経営を担う層がどれだけ厚みを増し、強化されているのかという情報は、株主や投資家にとっても企業の実力を判断する重要な情報となる。
例えば、コーポレート・ガバナンスコード(以下、「CGコード」という)では、2021年6月の改訂から「スキルマトリクスの整備、公表(補充原則4-11①)」の規定が入るようになった。少し古いデータであるが、弊社が実施した「取締役会及び取締役会事務局の実態に関する調査(2023年1月実施、同年4月公表)」では、スキルマトリクスのコンプライ率は96.0%となっており、企業にとってほぼ標準装備になっている。(図1 ★1参照) ただし、コーポレート・ガバナンス報告書(以下、「CG報告書」という)や株主総会招集通知で開示されているスキルマトリクスを見ると、取締役とスキルの星取表が出ているだけのものが多く、人的資本の観点で、それぞれの人が現実にどの程度のパフォーマンスを発揮してもらえるのかはわかりづらいところもある。
また、「CEOの選解任プロセス」についても、有価証券報告書やCG報告書で開示されるようになっている。先述した「取締役会及び取締役会事務局の実態に関する調査」では、「CEO解任の透明性ある手続き(補充原則4-3③)」について質問しているが、コンプライ率は94.7%と普及している。ただし、コンプライしている企業の約2割が「対応は遅れているものの、コンプライしている」としており、開示と実態との乖離も見られる。(図1 ★2参照)
さらに、CGコードに基づく「取締役トレーニング」も、現在のボードメンバーがどのような形で持てる能力を発揮できるよう支援されているのかという点で注目される開示項目である。現時点では、具体的なトレーニング内容にまで踏み込んで開示しているケースは多くないと思われるが、例えば、特に社外取締役に対して、業界動向や最新技術に関するセミナーに定期的に参加してもらうことを義務付けるなど、トレーニングに対する一定の考え方が示せていることが望ましい。
図1 コンプライしている場合、現状はどの程度できているか
(出典)取締役会及び取締役会事務局の実態に関する調査(2023年1月実施、同年4月公表)
サクセッション関する開示は、将来の経営リーダーをどのように育成し、どのくらいの実力(資質、スキル等)を持つ人材をどの程度プールしているかを示し、力強く継続できる企業であることを訴求するという点で、極めて重要な情報である。
有価証券報告書やCG報告書、統合報告書では、「後継者育成プログラム」や「エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム」といった名称で、経営幹部候補者を対象とした選抜教育を実施している旨を記載しているケースがよく見られる。
CGコードの中では、「CEO等の後継者計画及びその監督(補充原則4-1③)」が取締役会の役割として規定されている。先述の「取締役会及び取締役会事務局の実態に関する調査」においても、「CEO等の後継者計画及びその監督」のコンプライ率は8割程度で、フルコンプライ(CGコードの全原則にコンプライ)している企業が多い中では若干低めの数字となっている。さらには、同調査では、コンプライしている企業について、どの程度でてきているかを質問しているが、約4分の1の企業が「対応は遅れているものの、コンプライしている」としており、開示と実態との乖離がうかがえる。(図2 ★3参照)
サクセッションプランの実効性を高めていくためには、取締役会(中でも指名委員会)の役割は欠かせない。定期的に後継者候補のパフォーマンスを評価し、後継者候補のリストを更新し、必要に応じて育成プログラムを見直すといった一連の仕組みが適切に機能しているかを監督し、対外的にも人的資本の向上につながっていることを示していく必要がある。
図2 コンプライしている場合、現状はどの程度できているか
(出典)取締役会及び取締役会事務局の実態に関する調査(2023年1月実施、同年4月公表)
CGコードに付随して取締役会関連の情報開示について、筆者も様々なクライアントと意見交換する機会があるが、開示に対して前向きな企業ほど、開示を目的化することなく、自社を適切に評価してもらうため、株主や投資家をはじめとしたステークホルダーとの対話のきっかけとなるコミュニケーションツールとして有効活用しようという姿勢で開示に向き合っていると感じられる。
今後、人的資本開示は、企業の持続的な成長(サステナビリティ)の観点からも、ますますその重要性を増してくる。将来的な開示では、例えば、人材投資の金額や研修の修了者数など、外形的な目標等に関する情報開示だけでなく、実質的な成果(人的資本がどれだけ積み増しされたのか)について、できるだけ具体的に示すことが求められるだろう。
なかなか具体化することは難しい面もあるかとは思うが、例えば、リーダーシップの観点でいえば、「取締役メンバーや経営陣幹部は、昨年から今年にかけてこうした点で強化され、さらに実力の備わったマネジメントチームになっている。だから当社はこれからも価値を創造し続けることのできる、競争力のある企業である」と言える程度にまで、説明内容を引き上げていく必要がある。
また、サクセッションの観点でいえば、後継者育成プログラムの修了者数やその後の昇進率にとどまらず、修了者がどのようなパフォーマンスを発揮している(つまり人的資本が向上した)のかといったのかを示すことで、サクセッションの仕組みが機能することにより人的資本の向上が実現されていることを説明していく必要がある。
開示の内容を従来よりもさらに踏み込んだ形にしていくことにより、企業の人的資本戦略が実効性を持ち、長期的な成長に寄与するのみならず、株主や投資家からの信頼も勝ち取ることができると想定される。
こうした人的資本に関する一連の活動を支えるのが取締役会による監督である。経営陣の監督や人材戦略の支援など、取締役会が人材に関する議論を積極的に行うことが必要である。取締役会の実効性評価などを通じて人材に対する監督が十分できているかを定期的に確認していきながら、人的資本戦略を後押しすることで、ステークホルダーに対する説明責任を果たすことが求められる。
[参照]
株式会社日本能率協会総合研究所 「取締役会及び取締役会事務局の実態に関する調査」
(2023年1月実施、同年4月公表)
調査結果(概要)ダウンロードはこちらから >
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