【人的資本特集④】
日本企業の「従業員エンゲージメント」の取り組みと課題

2024.06.27

馬場 裕子

株式会社日本能率協会総合研究所
経営・人材戦略研究部 部長 主幹研究員/一般社団法人メンタルヘルス研究所 顧問

20年以上にわたり、企業の組織・人材戦略の支援、及び、エンゲージメント(従業員満足度)診断を中心とした組織課題の把握とKPI作成、施策提案に従事。
また、ダイバーシティ推進やストレスマネジメントに関する従業員意識調査や、リーダーのコミュニケーションスキル向上のための部下アンケートを使ったコーチング、メンター制度導入支援のサービスをなどを開発し、民間企業を中心に展開する。
経営学修士(MBA)、GCS認定コーチ、ポジティブ心理学プラクティショナー。

1.はじめに

昨今、「人的資本経営」は日本企業にとって重要なテーマとなっており、この言葉を聞かない日はないといっても過言ではないかもしれない。経済産業省のホームページ[参照1]では、「人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。」と定義されている。
人をコストではなく、中長期的な投資対象であると捉えている点、そして、人事マターではなく、経営そのものである点を今一度確認しておきたい。
「人的資本経営」の文脈の中で、「従業員エンゲージメント」については必ず議論が及ぶので、今回は「従業員エンゲージメント」に焦点をあててみたい。

2.「従業員エンゲージメント」とは?

従業員エンゲージメントとは、企業と従業員のつながりの強さや信頼度を表す言葉である。あたかも新しい概念のようだが、従業員満足度や会社へのロイヤリティなど、違う言葉で語られてきたものとほぼ同義と捉えている。ただ、終身雇用のような考え方が主流な時代では、会社が従業員に福利厚生やら何やらを施し、従業員は施される側という意味合いが強かった。しかし、欧米ほどではないにしろ、労働市場が流動化する時代において、従業員と会社は対等の関係であり、未来に向けて、良好な関係でいられるかどうかを表す指標としての意味が若干変化してきているといえよう。
人的資本経営の開示義務の流れで、まずは従業員エンゲージメントを可視化しようという動きも強まっている。また、情報の外部への開示となると、客観性と信ぴょう性を求めて、当社のような第三者に調査を依頼するケースも増えている。

3.「従業員エンゲージメント」のステークホルダーへの開示のポイント

JMAホールディングスグループ4社で昨年実施した「サステナビリティ経営実態調査」によると、従業員エンゲージメントを開示している企業は34.6%であった(プライム市場上場企業は40.5%)。<図1参照>

図1 ステークホルダーに対して開示している項目

実際に、統合報告書等で開示されている「従業員エンゲージメント」は、スコアが100点満点中何点であるか、経年比較で改善があるか、などが多く見られる。
昨今、多くの企業から、従業員エンゲージメントを開示する際、「何を開示すべきか」、「そのためにどんなデータをとるべきか」、という質問を受けることがある。もちろん、多くの企業が実施しているように、エンゲージメントの総合スコアを開示するという考え方はある。しかしそれが、どのように自社の持続的な成長や価値創造につながるのか、という点を明確にできていないと、「とりあえず開示している」だけの状況に留まってしまうと考えられる。つまり、従業員エンゲージメントを高めるためには、どんなストーリーを描くのか、どんなプロセスをたどるのか、が重要となっている。つまり、結果指標だけでなく、プロセス指標も設定することが望ましいということである。例えば、経営戦略として、決められたことを効率的にこなすオペレーション型から、新しいビジネスをマッチングするコーディネータ型に変換している企業であれば、「チャレンジできる風土」「仕事の裁量権」などの指標が重要になっているかもしれない。そのようなケースでは、チャレンジできる機会が多いことや、上司がそのサポートをしているかなどがプロセス指標としては大切になってくる、という具合である。
また、特定の年代や職種の階層が経営戦略上重要と位置付けているのであれば、その層のエンゲージメントスコアを開示することも重要となる。

4.「従業員エンゲージメント」の開示における落とし穴

まず問いたいのは、会社の目指す方向(経営ビジョン、方針等)にどのように「従業員エンゲージメント」を位置づけているかという点である。「従業員エンゲージメント」を向上させると、「生産性が向上する」「業績が向上する」「幸福度が上がる」など、多くのエビデンスが存在し、「従業員エンゲージメント」の向上は企業の経営にとって不可欠と言えるが、果たして、当社の価値創造にどのように影響を与えるのかを深く検討をしているだろうか。人的資本の情報開示の外圧が大きいために、開示すること自体が目的になっていないだろうか。
開示される情報は、投資家や株主だけでなく、未来に社員となる若者や、現在の社員も見る情報である。投資家や株主ばかりを意識すると、どうしても会社を“良く見せる”ことを重視してしまい、社員から見た場合に、実態と合っていないという印象を持たれてしまうことも少なくない。また、リクルーティングを考えると、「従業員エンゲージメントのスコア」としてまとめて語られるよりも、「働き甲斐を感じているか」「会社に愛着を持っているか」「働きやすい環境や風土となっているか」などが重要になるかもしれない。
また、昨今では、投資家も「従業員エンゲージメント」の中身を重視して見ているとも言われている。現状の課題を正確に把握した上で、どのような手を打っており、それが会社の価値創造につながっていることが分かりやすく示されることが重要となっている。つまり、結果指標とプロセス指標の両面からKPI(重要業績評価指標)を設定し、継続的に測定し、そして当社の成長のストーリーに合わせて指標を開示することが求められている。

日本能率協会総合研究所が支援しているANAグループ様の情報開示の事例は下記から
ANA特別インタビュー【3】「ANA’s Way Survey」について(全5回)>
(6.人的資本経営における課題 参照)

[参照1]
経済産業省HP
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html

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