生成AI時代のコンプライアンス・ガバナンス
~“AIへの相談”が常態化する社会に企業はどう向き合うべきか~

2026.05.27

前島 裕美

(株)日本能率協会総合研究所 経営・人材戦略研究部 主任研究員
お茶の水女子大学大学院(修士)修了後、2002年4月に入社。
主に、企業のコンプライアンス・ガバナンス推進支援、エンゲージメント向上、ダイバーシティマネジメント等のテーマを得意とする。
昨今では企業の不祥事に関する調査・研究、コンプライアンスをテーマとした講演の他、日本経済新聞をはじめとした全国紙・インターネットニュースへの掲載、TV・ラジオ出演などの実績がある。経営倫理士。

 AIネイティブ時代におけるガバナンスの問題を端的に表した事案が、近年さまざまな場面で見受けられるようになっている。個人的に特に着目しているのは、職場において自身の判断や行動に関して「AIに相談した結果」と説明するケースが現実に増えている点である。既にChatGPTをはじめAIは仕事を進める上で欠かせない存在となっているほか、私生活においてもAIを相談相手と捉えている層は増えている。しかし、AIは非常に有用なツールである一方、その特性や限界(誤情報をもっともらしく提示する「ハルシネーション」や、文脈・感情・組織事情を十分理解できない点等)を熟知しないまま利用している人も多いのではないだろうか。本稿においては、AI活用に伴うリスクについて、コンプライアンスの観点から問題提起を行いたい。

 まず、自身がコンプライアンス上「違反か否か」について悩んだ際に、AIの回答のみを根拠として、コンプライアンス上の判断や決断を下すことは避けるべきである。なぜならAIは膨大な情報を基に回答を生成する一方、その内容が必ずしも正確であるとは限らず、誤った情報をもっともらしく提示する場合もある。ましてやAIは会社固有の社内ルール等を熟知しているわけではないので(会社で個別に社内ルール等を学習させている場合を除く)、場合によってはコンプライアンス違反となるような内容を容認する回答を示す可能性も考えられる。よって、コンプライアンスについて悩んだ際は、AIを参考情報の一つとして活用しつつも、最終的には上司やコンプライアンス担当部署に相談し、組織として判断を行うことが求められる。

 また、自身がコンプライアンス違反を目撃した、あるいは何らかの被害を受けた場合についても、やはり上司やコンプライアンスの担当部署に報告、もしくは会社が設置している社内・社外の相談通報窓口(ヘルプライン等)を利用することが重要である。近年では、SNSや生成AI等を活用した情報発信により、当初想定していなかった形で問題が拡大し、結果として当事者自身にも大きな影響が及ぶケースも見受けられる。このような想定外の形で問題が拡大する事態を避けるために、まずは会社内のコンプライアンス違反については、しかるべき人・部署・窓口に相談して調査を行うとともに、今後の対策や発表について検討を行う、というステップを踏むことが重要である。

 今後、企業において、社員がAIを利用してコンプライアンスについて情報収集・相談するというケースはますます増えていくことが予想される。情報収集や相談をすること自体はもちろん止める必要はないが、あくまで「参考」にするにとどめ、「最終的な決断を伴う内容は、上司・コンプライアンスの担当部署へ」ということを徹底して社員に伝達していくことが求められる。また、コンプライアンス違反の報告・通報についても、上記と同様にAIに回答を求めるのではなく、まずは上司やコンプライアンスの担当部署に相談し、どうしても解決できない場合や報告しにくい場合は会社が設置している社内・社外の相談通報窓口(ヘルプライン等)に相談・通報すべきであることを、繰り返し啓発していくことが重要である。

 最後に、AIネイティブ世代が社会の中心となっていくこれからの時代において、企業は「AIを禁止する」のではなく、「AIとどう向き合うか」という視点でガバナンスを再構築していく必要がある。AIは極めて便利なツールであり、業務効率化や情報収集、相談相手として大きな役割を果たす一方で、その回答には誤情報や偏りが含まれる可能性があり、また、人間の感情や組織の文脈、企業倫理まで完全に理解できているわけではない。特に、コンプライアンスやハラスメント、不正行為といった繊細な問題においては、「AIがそう言ったから」という判断が、結果として事態をより複雑化・深刻化させる危険性もある。

 そのため企業には、単にAI利用を推進するだけではなく、「AIに相談してよいこと」と「AIに委ねてはならないこと」を明確に整理し、社員に繰り返し教育・啓発していくことが求められる。また、社員が不安や悩みを抱えた際に、AIを活用できる環境を整備しつつも、最終的には“人”による対話や組織的判断へ適切につなげられる組織風土を維持できるかどうかも、今後の重要なガバナンス課題となると考える。AIネイティブ時代のコンプライアンスにおいて重要なのは、「AIを活用すること」そのものではない。AIを活用しながらも、最終的な判断責任は人間が負う――その原則を企業として維持できるかどうかが、AIネイティブ時代のコンプライアンス・ガバナンスの本質と言えるのではないだろうか。

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